お産~だんなさまを泣かせちゃった
今日はさっさとお産のことについて回想してみます。
当時はなんて恐ろしい痛みなんだろう!と
思い出すのも怖いくらいだったのですが
まあ・・・なんということでしょう!
2ヶ月近く経つと 思い出に変わってるんですね。
出産予定日4日前の2月12日(出産の前日)にさかのぼります。
その日は検診日でした。
いつもと違う先生。
内診のとき「ちょっと痛いよー」
とおもむろに子宮口をぐいぐい刺激しだしたのです。
ちょっとどころか 激痛い!なんなの??
「お産が早く進むようにしたからね」
なんと、まだ予定日にもなっていない私に手をくわえたのでした。
激痛と出血が止まりません。
よけいなことしやがって~!
赤ちゃんがまだ出てくる気になってないのに、変なスイッチがはいったらどうするのよ!
ただでさえ小さめなのに。
せめて予定日までお腹にいてほしいのに。
・・・・そして、その嫌な予感は的中。
そのまま陣痛へと突入していきまいた。コラー
陣痛がはっきりと定期的な10分間隔の痛みになったのが22時。
朝の4時までガマンして、病院へ。
子宮口はまだまだこれから開くところ。
うそぉー と思いつつ 必死で息をはき続ける。ふうぅぅー。
お昼には子宮口が6センチになり、助産師さんに
「上手にいきみのがしできてるよ。この調子だとお昼から早く進むわよ」
と うれしいひとことをもらう。
ところがここからが苦しかった!
なんと15時には子宮口が3センチまで閉じてしまったのです。
なぜ??
痛みのせいでその日は朝から何も食べれていない。体力が落ちてきたのか??
お腹の痛みはきついし、感覚では、おなかのなかの風船が破裂しようとぐいぐい圧迫されている感じ。
そして なぜ破水しないの?
助産師さんが子宮口を刺激します。
首をかしげて「おかしいなあ」
「こうやってさわると開くのよ。やわらかいし・・・」
もうどうでもいいけど 夜なんですけど!
私も弱っていたけれど 赤ちゃんの心拍が200をこえたまま戻ってこない。
がんばってるのに事態は後退している・・・
とうとう私はぷつっときてしまった。
「・・・産める気がしない」
「ここに赤ちゃんいるけど 逢える気がしない」
「むり」
痛みにうなされながら弱気NGワードを連発。
後で聞いたんですが、このとき横ではげまし続けてくれていただんな様は泣いたらしい。
「だって、四季ちゃんが悲しいこと言うから・・・」
そんなこと知るかいー
こっちも本気でそう思ったんだから。
陣痛がきてわかった意外な自分は、「さわるんじゃねえ あっちいけー」と、まるで傷ついた野生の動物のように 1人になりたがった。
唯一、だんな様が腰をさすってくれるのだけがセーフで
あとはもう 誰も私にさわらないで!フーッッ!!(←怒った猫)という感じでした。
・・・不思議。
もっと、「ひとりにしないでー」系だとおもってたんですが。
そして 衰弱する私に点滴をするのと、赤ちゃんの心拍をモニターするために分娩室へとだんな様に支えてもらいながらヨロヨロ歩いていったのです。
そこからは、ご報告したとおり。
あっというまに産んでしまいました。
産んだとき真っ先に思ったことは
「あ 下半身がバカになった」 でした。
元気な赤ちゃんの声をきいてほっとして
ぬるぬるしたままの体を胸に抱いたとき
ほわん と 逆に私が包まれるような感じでした。
赤ちゃんは 特別暖かくなくて
自分とまるきりおんなじ体温の生き物がふにゃっとくっついてきました。
そのあと 赤ちゃんは私の胸の上で しゃぁーっとおしっこをしました。
あったかいおしっこが私の体をつたったとき とってもうれしかった。
生きている。
元気だ。
赤ちゃんが体を拭いてもらってるとき 遠目からボディチェック。
大丈夫。 ちゃんと元気だ。 元気に生まれてきてくれた。
後産の胎盤がなかなかでてこなかったとき、助産師さんとドクターが
「すごいじょうぶ・・・しっかりしてる・・・」
と 材質を評価?してくださった。
そこから考えると、羊膜もじょうぶだったのでは??
赤ちゃんはぐいぐいがんばったけど、どうしても破れなかったのでは??
・・・てゆうか、やっぱりまだ早かったんじゃないの?
なんとなく、そういう気がします。
まだ出てくる気がなかったのに、おしりぺんぺんされてびっくりして
陣痛のサインのホルモンを赤ちゃんがキャッ!とだしてしまった・・・
めっちゃそんなきがするのでした。
トータル22時間の長いお産でございました。
そしてお産のおわり = 育児のはじまり なのでございました。
インターバルはありません
大仕事が終わって 体力も使い果たし そのまま気絶するように眠りに。。。つけない!
母子同室、めくるめくおむつ・おっぱい・ねんねのお世話が待っていたのでした。
それにしても おしもの痛みがすごくてまいりました。
この痛みが産後2週間は地味に続くので、やわらぐまでは「お産」自体が生々しく思い出されて、ちっとも思い出になる気配はありませんでした。
そりゃあ こんだけの大仕事ですもん、あとあと痛みが残るのは仕方ありません。
・・・て 今なら冷静に思います。
当時は ふんだりけったり または 弱り目に祟り目・・・そんな気持ちでブヒブヒ言ってました。![]()
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そのあと 涙ぐましい授乳トレーニングがはじまるのですが
そのはなしは また こんど。










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